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鏑木 紹仁

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2008/12/14 (Sun) 22:35
ロスジェネとPOSSE

こんな雑誌が出ていたんですね。

IMG_0150.jpg


論座や月刊現代といった左派系の雑誌が相次いで休刊しましたが、
その空席を埋める新しい担い手が出てきているのですね。

マルクスやら全共闘やらは、悠遠なものに感じられたけど、
ここで取り上げられている事は正しく自分を取り巻く問題であったりする。

まだ、パラパラと読み始めたばかりだけど、他人事では済まない話題だから、当然興味深い。

ちなみに、僕の手元にある『ロスジェネ』は5刷。売れてんのかなぁ〜。



2007/09/24 (Mon) 01:46
生きさせろ!集会


9月21日、新宿の紀伊国屋書店で行われた
『生きさせろ!集会』に行ってきました。

現在は派遣社員で紛う事なきプレカリアートなので。

第3部のパネラーの小熊英二さんがイメージと違って、ハイテンションで喋り捲る人でかなり面白かったです。


小熊さんのお話はそれ以前にお話をされた労組やNPOの人達の活動を否定するかの様な導入で結構ドキドキしながら聞いていたのですが、少し紹介すると

「1960年代後半から90年代初頭ぐらいまでの日本の経済状況は世界中の歴史を見渡しても例外的に幸福なものだったのに、それが当たり前だと思い込んでいる」

という事を近代法によって整備された権利(憲法25条の生存権など)に依拠して社会運動をしている人達の前で仰るとかw

それでも結論としてはその「例外的な状況」を守るべきだというお話だったのですがね。
そうしないと、とんでもなく劣悪な社会になりかねないと。
つまり、他のパネリストの方々の活動は重要であるということだったのですが、面白いのは小熊さんの視野なんですよね。
つまり、時間(歴史)や空間(外国の状況を見分)を移動してきた上で、この反貧困キャンペーンやプレカリアート運動を見ているという点が僕としてはとても興味深かったのです。

僕は小熊さんのお話と関連して、
9月14日のオールニートニッポンで、ANNの山本繁さんと「こわれ者の祭典」の月乃光司さんがなさっていた印象深いお話を思い出していました。

お二方ともこの反貧困キャンペーンのような、労働/生存運動、プレカリアートの問題の解決は頑張って欲しいと思うけど…、というちょっと異論ありという感じだったのですね。

月野さんのお話は、
「運動が成功しても救われない個人が必ずいる」
という等身大でとても明快な論点です。

山本さんのお話は、労働運動が成功して労働者の待遇を改善したら、企業の財政が圧迫される。それで企業自体が倒れたり、延いては日本経済全体が沈没していくような事になったら、もっと酷い状況に成りかねない、それをどう考えるのかということでした。

山本さんの論点を敷衍してみましょう。
例えば、北九州市の餓死事件がこのイベントでも言及されていましたが、日本の企業、経済がポシャって、貧乏国になったら食料自給率の低いこの国では、もっと普通に餓死者がたくさん出るかもしれない。
今はお金があるから、世界中から食料を買い漁ってこられますが、山本さんも仰っていたように、円に力がなくなれば不可能になります。
「1ドル110円なら、買えたのに、120円だから買えない」という問題がいたる所で起こったらやはり、社会状況が変わってしまう。
今、僕がお腹が減っているとして、近所のコンビニに行けば簡単に色々なおにぎりやらパンやらお菓子やら手に入ります。でもそういうアメニティは、近い将来、この国から消えてなくなるかも知れません。
勿論、食料だけでなくありとあらゆるものが買えなくなります。
いささか極端ですが、イメージしやすい例を出せば、北朝鮮くらい外貨を稼げない国になっても良いのか? ということです。企業が競争力を失う事や、国が貧乏になることがなにを意味するのかという事は考えて見る必要があると思うのです。


労働者にまっとうな賃金が払われたり、労働法制が守られる事はやはり重要だと思いますが、この両面からの批判を常に意識した形でこの運動があって欲しいと思います。

一方は運動から零れ落ち救済されない個人が必ずいる事、
もう一方は企業、経営者、国も競争、生き残りに必死であり、そのことも重要な意味を持つという事。

それでもこの運動は重要で、法的、政策的な措置をちゃんと実現して欲しいと思っています。
今回登壇された労組やNPOの方々には是非とも頑張って頂きたいと思います。
「例外的に幸福な」社会状況を守るために。



雨宮処凛さんにサイン頂きました。うひゃ!

2007/09/24 (Mon) 01:38
まずは大まかな話

2005年7月、僕は相変わらず逡巡していた。
当時、自分に課していた事は、求人広告を見る事、ハローワークへ行く事。
とにかくお金が無かった。何をするにしてもまず、収入を得なければならない。
しかし、それが難しかった。


ひきこもりが抱える問題は色々ある。
生計の問題、家族との関係、社会的な経験値の低さ、友人や恋人がいないこと。
さらに様々な病気や障害を抱える人も居るが、とりあえず僕にはない。

ただし、もともとあまり丈夫ではない。
頚椎に痛みがあったり、胃腸が弱かったり、皮膚炎で皮膚がドロドロになったりする。
ど近眼で眼鏡やコンタクトがなかったら生活もできない。
3年間くらいひきこもっていたから体力も全く無い。


そうは言っても身体治すのにもお金がかかる。病院にいけない。
家族や親戚との関係も拗れている。修復は困難。
子供の頃は散々に泣き叫んで自分の思いを伝えようともしたが、結果はいつも無惨で諦念に変わった。

友達もいない。
そもそも対人的な緊張感が、ひきこもっていると余計に亢進する。


まずは外出することからはじめた。
何をするわけでもなく、とにかく1日に1度は外に出るようにした。
次には本屋にはいったり、コンビニで何か買ったりする。
少しでも社会性を回復していく『リハビリ』をする。

僕の場合、家族関係の問題は諦めているので、金銭、仕事の問題と対人能力の問題をとにかく解決することを目標に据えた。

自立した生計を確保する事。
まともに人と関わる事。
それが自分にとってはとんでもなく大変なのだが、このまま行けば自殺するとか、ホームレスになるとか、何れにしろ孤独に野垂れ死にするしか選択肢がなくなってしまう。

とにかく、もう一度、「この社会」を生きるという事だけは決意した。
そして今もまだ、とりあえず生きている。

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